ゆる?く生きたいな・・と思う今日この頃。 でも、なかなかね・・

This Category : 山手さんの言葉

スポンサーサイト

--.--.-- *--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

普通や特別。

2008.10.15 *Wed
なぜいかぽさんの最初の師、山手さんが

「これからは、子供を持つ若い母親や、女性が変えていくんです。」

そう言ったのか、、、、。



私も子を持つ主婦で、きっとあなたもそうで。。。

家事育児に追われて、日常で精一杯。

それなのに、ヴィジョンを観たり、過去生を思い出したり

スピリチュアルな世界に 引き込まれて。

けれど、私は普通の主婦で。。。。



開花していく能力や、不思議な体験。

でも現実の自分との ギャップに悶々したり。

以前の私は、そうだった。



だけど今 私は山手さんの言葉の通りだと思う。

ギャップは、トリックなんだ。

そこを超えないと、いけないのだ。



過去を思い出すのも、ヴィジョンを観るのも

直感が鋭いのも すべて当たり前。

ちっとも 特別なんかじゃない。

読み書きができるように、日常に活かしていけばいい。



能力を特別にしたがるのは、、、、

私の中では アトランティスそのものだ。

力は すべての人に宿ってる。

アトランティスは 傲慢だった。

私が憶えている 最後のアトランティスでは少年だった。

その頃の私は、神官でも巫女でも 何でもなかった。

でもそういう人たちと、その頃だって今だって

何も違いなんて ない。



今 私たちは、普通の人だから 思い出す必要があるんだと思う。

「当たり前のことだよ・・・・。」

「みんな できるんだよ・・・・。」

「不思議でも何でも ないんだよ・・・。」

「どうして 悶々する必要があるのさ・・・。」

そんなの、おかしいよ。。。。

って、あの少年の私に 言われている気がするんだ。



特別な位置にいなくたって

自分の能力を当たり前に 使う。

それって、素晴らしいじゃないか・・・と思う。



普通とか、、、、普通じゃないとか、、、、

できるとか、できないとか

そこを超えたら、きっとまた、当たり前の日常がある。

ただ、携帯電話や家電、車や電車なんて いらなくなるかも・・・(笑)

私たちは、普通や特別を、乗り越えるのだ!!



スポンサーサイト

私は混乱そのものです。

2008.02.09 *Sat
初めから欠け落ちたものもなければ、これから解決する問題もない。

「完全充足感」

山手さんは、宇宙をそう表現している。

私たちは 宇宙の混乱の部分だと。



私たちが 混乱そのものであるならば、、、、

私たちの現実は、例えば現象が私たちにとって

不安や恐れでも、愛であっても、喜びであっても、、、、だ、、、

すべては 幻であり、混乱そのものでしかない。

これって、とても空しい。

だって子供が生まれてきた 喜びも

好きな人との恋愛も、なんだかいろんな満足感も達成感も

すべてすべてが、混乱であるのだから、、、幻なのだから。



けれど、私たちは 特に

「愛」というものや 「感謝」というものに対してと

「不安」というものや 「恐れ」というものに対しては

囚われ方が 違うように思うのだ。



「愛」や「感謝」は 受け入れる。

「不安」や「恐れ」は 手放す。



「不安」や「恐れ」は 「愛」や「感謝」へと

変容させようと、する。



でも、そうすると、、、、いつまでたっても 二元性のなか。

山手さんの言うように、それらもすべて 混乱だと考えると

二元性をすり抜けられそうな、気分になるんだ。

固体意識に囚われず、宇宙意識まで広げる。



山手さんの言葉は、シンプルで究極すぎて 口が開けっ放しになる。

けれど、、、私は 山手さんじゃない。

私の現実のどんなことにも、常にその意識でいなくたって

不都合な混乱が 起きたとき、なんだか穏やかだけれど

解らなくなってきたとき、すべては混乱だと思い出せばいいじゃないか。

楽しいときは 楽しんで、、、、、、

あんなに楽しかったのに、なぜこうなるぅーーってなったら

「混乱・混乱・・・。楽しかったのさえも 混乱。」

などと、、、、放り投げて、また楽しんでと、繰り返していくのだ。



こんなこと言って、もし山手さんが生きていたら

「うふふふ・・・・。迷っていますね、うふふふ・・・・。」

なんて、嬉しそうに楽しそうに言うだろな(笑)

そうそう、、、私は 迷いの真っ只中!!

迷いの中を 爆走中。









宇宙意識。

2008.02.03 *Sun
いかぽさんに借りた 山手さんの本。

一部 抜粋します。



本体論的な世界に突入していくためには、現象論的な考えの呪縛、
考えて縛られている状態を抜けなきゃいけないんですけれども、それを抜けるためには
本来我々は、もう本体論的な生き方をしている、ということに目覚めればよい、気づけばいいんです。
そうすると、納得できる。普段からほとんど気づかない形で、無意識の世界に生きている、空間の意識で。
無意識ということは、人間意識はないけれども、原点の意識はあるわけですから、
原点の空間の意識に引きずられている。
空間の意識と連続した形で自分というものを引っ張っている、と考えればいい。
そうなると、考えないでやる、というやり方も、わりに入りやすいですよ。

現象が何もない世界・・・何もない空間全体に自分自身がなったときには、どういう感じになるんだろうか。
まず、何もないですから、胎児のように、おなかの中に浮かんでいるような感じでしょうね。
宇宙全体が自分のような感じがするでしょ、普遍的な存在感のような。
これを、ヨガではサットと言っています。完全存在感というか、普遍的な存在感、
本体的な存在感・・・フワーッと全体に広がっている。
だから、何も考えてないけれど、あらゆる考えの芽生えが全部含まれているんです。
無尽蔵に考えていて、無限大に考えていて、しかも考えていない感覚、
そういう存在感、これがサットなんです。

何もやっていないけど、全部やってる。何もつくっていないけど、これから全部つくれる、
果てしなく・・・ということでしょ。
何もつくっていないけど、これから全部つくると言うと、まだ現象論の世界からの類推になってしまう。
何もしないけど、同時に全部つくってる、そう言わなきゃいけない。
なぜなら、時間という概念がないからです。現象界から見たら、宇宙のビック・バンの見方みたいな・・・
何もないところから、いろんなものが出てくるから、時間的な経過を追ってみればずーっと
展開しているんだ、という受け取り方をするけれど、何もない時の宇宙全体が自分の身体を
見ている感覚は、もう、これからつくっているものも見えている。
時間がないから、時間はどこを探しても存在するはずがない。
空間だってないから、例えば今、地球を創っているこの空間の点と、
アンドロメダ大星雲をつくっている空間の点との距離もない。
同時的・同所的にタイム・スペース・シンクロニシティの感覚でしょ。
これが原点の感じなんです。同時に見ているし、同時にやっちゃってる。

その時には、宇宙全体は何もやってないから何もできないように見えるけれども
何でもできるという感じなんです。
完全な無能力にも見えるけれど、全知全能にも見える。
無能力と全知全能が、一緒くたになっている。この状況を、古代ではチットと言ったんです。
完全能力感、全能感ですね。その時には、欲求不満はありませんよね。
欲求不満はないから、初めから欠け落ちたものもなければ、これから解決する問題もない。
この完全充足感を、アーナンダと名づけた。
サット・チット・アーナンダと、インドの古代の人は受けとったんです、空間の感覚を。
それで、これはどんな幸福感よりもすごいと。どんな人間の能力感よりもすごい。
人間のどんなアイデンティティよりもすごい。
宇宙的なアイデンティティ、そこへ帰ることは悟りだ、アウェアネスだと思ったんです。

だけど、それをやろうとして、失敗しちゃったんです。やろうとすることに、もう問題があった。
やろうということは自己限定でしょ、誰かがやるんですから。もうそうなっちゃってる、というなら別だけど
やろうとすることは自己限定なので、堂々巡りになったんですね。
やろうとして、やれない世界のことを やろうとしたんですから。
宇宙意識に目覚めるということは、やろうとしてはならなかったんです。
いきなり因果関係のない世界なんですから。因果関係のない世界なのにやろうとすることは
因果関係にとらわれることです。やろうということは、やろうとしてやる、という時間的な経過だけでなく、
やろうとして原因をつくって、結果をつくり出す、ということでしょ。
突破する為には、もうあっさりと、考えるのを止めさえすればいい、簡単なんです。



READ MORE

意識を放り出せ。

2008.02.02 *Sat
いかぽさんからいつも教えてもらう、山手さんの言葉の数々。

山手さんは、もう亡くなってしまっていて

私はお会いすることが できなかったけれど

いまぽさんを通して、山手さんワールドに触れることができる。

なんてなんて、私は幸せなのだろう。



山手さんの元には、本当に様々な方たちが集まっていたそうで

有名企業の社長さんから、学生、または主婦まで・・・・

また、海外から山手さんを訪れる人もいたそうです。

いかぽさんが貸してくれた、山手さんの本から、、、、、


  山手 國弘
1924年10月10日、広島県生まれ。戦後の混乱の中で東京大学医学部を中退し、
赤門の前の寺において、学徒動員から帰還した学生たちをネットワークし、生活装置研究会を設立。
焼け野原の中で戦後の「生活装置」を考え、多くの仲間は各界の指導者的立場になっていった。
その後、企業と社会のオリエンテーション機関「有限会社イオ」(集団頭脳プロダクション・生活プロダクション)
を設立。現代ヨガの会も主宰し「原気呼吸による脱カルマ瞑想」の会を行っている。
これまでマス・ジャーナリズムの水面にほとんど浮上することはなかったが、
さまざまな年代・さまざまな世界の人とのコンタクトをとりながら新しい時代の
現実化のために活動している。



活動していた・・・・ですね。

もう亡くなっているので。

だけど、山手さんは今でも、いかぽさんを通して

私に 語りかけているように、その言葉は生きています。

「意識を身体の外に 出せばいいんです。」

「ただ、眺めていればいいんです。」

相談に訪れた人が 血相変えてきても、山手さんはいつも

同じことを 繰り返していたそうです。



「意識を身体の外に出す。」

それは二元性を 超えるということかもしれませんね。



愛と恐れの狭間、、、意識を身体から 放り投げる。

私の身体の外には、私の宇宙。



1月12日に、お友達に頼まれていたアクセサリーを送った。

東京に住む私、、、自宅近くの郵便局に持って行ったのは

18:30近くだったので、窓口のお姉さんに言われた。

「静岡は、速達で明日13日に着きますが、北海道は速達でも14日ですね。」

そりゃー、仕方ないでしょ・・・この時間だもんな。

家に戻る途中、ハッと気づいた。

1月13日・・・・113じゃないかぁーー。天使の匂いがする(笑)

北海道にも13日に着けば 最高なのになぁ。

そう思ったけれど、しゃーないか、、、と諦めていたので

私は14日になってしまうことを 受け入れた。

その後は、いつ到着するかは全く考えずにいたのだった。



結局、北海道に13日に、しかも昼過ぎには着いたらしい。

あの時間、どんなことが起きてそうなったのか解らないけれど

宇宙は「13日に着くと、最高なのに。」って思いを叶えてくれた。

13日にも14日にも 拘らない。

最高のタイミングで 持ち主に渡る。

18時になろうが19時になろうが、一生懸命郵便局へ走る。

それぞれの手に渡る 日付(数字のメッセージ)はお任せする。

郵便局で受付のお姉さんに アクセサリーを託した後は

私のアクセサリーへの意識は 身体の外へ出た。

そうしたら、、、、、宇宙はね 奇跡を起こす。

北海道の友達にも、13日に着くことが必要だったのでしょう。

遅くなっても諦めずに 郵便局に走ったことも必要だったのでしょう。

一生懸命に行動したら、それについての意識を放り出そう。

きっとそれが 「制限をはずす」ってことなんだ。



私には 「愛」や「赦し」や「慈悲」さえも

囚われる必要が ないように思えるのだ。

そこには、常に二元性の制限があるのだから・・・・。



実は日常の中で この「意識を身体の外に放り投げる」は

体験していたように 思えるのだ。

それは些細なことだったり、そうでなかったりするけど

旦那との喧嘩・・・・・。

そのあたりはまた、、、、次回にでも(笑)








プロフィール

CHUCHU

Author:CHUCHU
最近、人生の転換期かな・・と思うのです!
長女12歳・長男10歳・次女5歳と
仕事終われば好き勝手な自由人な旦那との日々・・

少しだけ変わり始めた私の心や
ふっとうかんだ言葉など
思いついた事なんで



最近の記事



最近のコメント



カテゴリー



リンク

このブログをリンクに追加する



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:



月別アーカイブ



FC2カウンター



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



最近のトラックバック



RSSフィード



05
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
Copyright © ゆるchuchu日記 All Rights Reserved.
テンプレート配布者: サリイ  ・・・  素材: ふわふわ。り  ・・・ 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。