Sat
02/09
2008
私は混乱そのものです。
初めから欠け落ちたものもなければ、これから解決する問題もない。
「完全充足感」
山手さんは、宇宙をそう表現している。
私たちは 宇宙の混乱の部分だと。
私たちが 混乱そのものであるならば、、、、
私たちの現実は、例えば現象が私たちにとって
不安や恐れでも、愛であっても、喜びであっても、、、、だ、、、
すべては 幻であり、混乱そのものでしかない。
これって、とても空しい。
だって子供が生まれてきた 喜びも
好きな人との恋愛も、なんだかいろんな満足感も達成感も
すべてすべてが、混乱であるのだから、、、幻なのだから。
けれど、私たちは 特に
「愛」というものや 「感謝」というものに対してと
「不安」というものや 「恐れ」というものに対しては
囚われ方が 違うように思うのだ。
「愛」や「感謝」は 受け入れる。
「不安」や「恐れ」は 手放す。
「不安」や「恐れ」は 「愛」や「感謝」へと
変容させようと、する。
でも、そうすると、、、、いつまでたっても 二元性のなか。
山手さんの言うように、それらもすべて 混乱だと考えると
二元性をすり抜けられそうな、気分になるんだ。
固体意識に囚われず、宇宙意識まで広げる。
山手さんの言葉は、シンプルで究極すぎて 口が開けっ放しになる。
けれど、、、私は 山手さんじゃない。
私の現実のどんなことにも、常にその意識でいなくたって
不都合な混乱が 起きたとき、なんだか穏やかだけれど
解らなくなってきたとき、すべては混乱だと思い出せばいいじゃないか。
楽しいときは 楽しんで、、、、、、
あんなに楽しかったのに、なぜこうなるぅーーってなったら
「混乱・混乱・・・。楽しかったのさえも 混乱。」
などと、、、、放り投げて、また楽しんでと、繰り返していくのだ。
こんなこと言って、もし山手さんが生きていたら
「うふふふ・・・・。迷っていますね、うふふふ・・・・。」
なんて、嬉しそうに楽しそうに言うだろな(笑)
そうそう、、、私は 迷いの真っ只中!!
迷いの中を 爆走中。
「完全充足感」
山手さんは、宇宙をそう表現している。
私たちは 宇宙の混乱の部分だと。
私たちが 混乱そのものであるならば、、、、
私たちの現実は、例えば現象が私たちにとって
不安や恐れでも、愛であっても、喜びであっても、、、、だ、、、
すべては 幻であり、混乱そのものでしかない。
これって、とても空しい。
だって子供が生まれてきた 喜びも
好きな人との恋愛も、なんだかいろんな満足感も達成感も
すべてすべてが、混乱であるのだから、、、幻なのだから。
けれど、私たちは 特に
「愛」というものや 「感謝」というものに対してと
「不安」というものや 「恐れ」というものに対しては
囚われ方が 違うように思うのだ。
「愛」や「感謝」は 受け入れる。
「不安」や「恐れ」は 手放す。
「不安」や「恐れ」は 「愛」や「感謝」へと
変容させようと、する。
でも、そうすると、、、、いつまでたっても 二元性のなか。
山手さんの言うように、それらもすべて 混乱だと考えると
二元性をすり抜けられそうな、気分になるんだ。
固体意識に囚われず、宇宙意識まで広げる。
山手さんの言葉は、シンプルで究極すぎて 口が開けっ放しになる。
けれど、、、私は 山手さんじゃない。
私の現実のどんなことにも、常にその意識でいなくたって
不都合な混乱が 起きたとき、なんだか穏やかだけれど
解らなくなってきたとき、すべては混乱だと思い出せばいいじゃないか。
楽しいときは 楽しんで、、、、、、
あんなに楽しかったのに、なぜこうなるぅーーってなったら
「混乱・混乱・・・。楽しかったのさえも 混乱。」
などと、、、、放り投げて、また楽しんでと、繰り返していくのだ。
こんなこと言って、もし山手さんが生きていたら
「うふふふ・・・・。迷っていますね、うふふふ・・・・。」
なんて、嬉しそうに楽しそうに言うだろな(笑)
そうそう、、、私は 迷いの真っ只中!!
迷いの中を 爆走中。
